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2018-09-13

VW、2019年07月で「ビートル」生産終了!

EVファッション経済政治戦争と平和

日本経済新聞 電子版は2018年09月14日に、ドイツのVW(VolksWagen/フォルクスワーゲン)は2018年09月13日に、同社の代表的車種である小型車「ケーファー(Käfer/ビートル/Beetle)」の生産を2019年7月に終えると発表したと報告した。

「ケーファー」は、1930年代のナチス・ドイツ時代の大衆車構想に源流がある往年の名車。
近年は販売が低迷しており、約80年の歴史に幕を閉じることになる。

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「ケーファー」は、丸みを帯びた独特のフォルムで「カブトムシ」の愛称でも知られ、現行モデルはメキシコ工場で生産してきた。

VWは2015年秋に発覚した排ガス不正以降、グループ内の車種の見直しや電動化シフトを進めている。

北米では、ピックアップトラックや多目的スポーツ車(SUV)など大型車のブームに押されて販売が低迷した。米国では2018年08月までの累計販売台数は約1万1000台と前年実績を割り込んでいた。

VW米国法人のハインリッヒ・ウェブケン社長は「ビートル」の今後の生産について「ファミリー層に特化し、電動化を推進する取り組みの中で、直ちに代替計画を立てることはできない」とコメントした。

ハフポスト(Huffingtonpost)の日本語版は2018年09月14日に、第二次大戦前にドイツで、ヒトラーが生んだ大衆車は世界中で愛されたが、その名車の系統が、約80年に及ぶ歴史に幕を閉じ、途絶えることになったと報告し、歴史を振り返った。

その源流は、ドイツのナチス政権の「フォルクスワーゲン(ドイツ語で国民車)」構想にまで遡る。
1930年代にアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)総統の要請で、自動車設計者のフェルディナント・ポルシェ博士(Dr.Ferdinand Porsche/1875 - 1951)が設計した。ポルシェ博士は自動車メーカー「ポルシェ(Porsche)」の創業者である。

こうして1938年に発表されたのが「KdF(カーデーエフ)ワーゲン」で、流線型をした空気抵抗の少ないボディ。最高速は時速100km以上、7リットルのガソリンで100kmを走行できる低燃費など、当時の技術水準をはるかに超えるものだった。

自動車が高級品だった時代に、高性能な自動車を「一家に一台」買えるようにするのが狙いだった。

週ごとに積立金を払い、満額に達したドイツ国民がワーゲンを受け取ることになっていた。33万6000人が申し込んだが、第二次世界大戦が勃発したことから、実際には1人も受け取れた人はいなかった。

軍用車に改造された以外には、ノーマル版の「タイプ60」が870台ほど生産されたが、軍人やナチス幹部が利用するに留まった。

1945年の敗戦直後、「KdFワーゲン」の生産を再開するように戦勝連合国に申し入れ、「フォルクスワーゲン・タイプ1」と改称して、許可され、ようやく一般販売が開始された。その可愛らしい外観から、「ケーファー」という愛称が付き、英語圏では翻訳され、「ビートル」の愛称で広く親しまれた。

私も、ドイツで最初に買ったのは「ケーファー」で、誰でも簡単にエンジンを乗せ替えることができた。
しかし、乗っていた人しかわからない、騒音!さらに、ドアのステップは、足を乗せると壊れてしまうデザイン上だけのものであった。

また、小さな事故でも、簡単に前輪が「ハ」の字型に広がり、運転できなくなる欠陥車であった。

もっとも、そうなっても中古部品店で前輪部分を見つけ、誰でも簡単に修理できた。

大学の寮にある駐車場では、いつも学生が改造車を1〜2台は作っていた。

アメリカをはじめ全世界に大量輸出され、貴重な外貨を獲得して西ドイツの戦後復興に貢献した。日本でも人気があり、1970年代後半には、ワーゲン占いが流行。「街を走るビートルを3台見たらその日は幸せになる」「黄色のビートルをみれば3台探さなくとも一気に幸福になる。」と言われていた。

1974年に西ドイツでの「ケーファー」の生産は中止されたが、メキシコやブラジルでの生産は続いた。

2003年、メキシコでの生産が終わるまでの58年間で2100万台が生産された。これは一車種の生産記録としては、現在も世界記録だ。

タイプ1と同じメキシコ工場で、1998年に生産を開始されたのが2代目となる「ニュービートル」だ。このモデルは、4代目の「フォルクスワーゲン・ゴルフ」と同じプラットフォームを使って設計された。もともとリアエンジンだったタイプ1のデザインを、フロントエンジンの車で再現した。2010年で生産が打ち切られた。

その後を継いだのが2011年に登場した3代目の「ザ・ビートル」だった。3代目ボディサイズがアップし、空力性能を改善され。しかし、アメリカの2018年のザ・ビートルの販売は1万1151台と、前年同期比で2.2%減少していた。

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