2018-08-06

仏料理の巨匠ロブション死去。

食品

Forbes JAPANは2018年08月07日に、世界的に知られたフランス料理のシェフ、ジョエル・ロブション(Joël Robuchon/1945 - 2018)が2018年08月06日に、73歳で死去したと報告した。

ジョエル・ロブションは、「すい臓がん」の手術を受けていたことがわかっていた。

友人の料理評論家ジル・ピュドロウスキ(Gilles Pudlowski)はAFPに対し、ロブションは新たなレストランの開店を予定していたスイス・ジュネーブで、膵がんにより亡くなったと説明した。バンジャマン・グリボー(Benjamin Griveaux)政府報道官も、ロブションの死去をツイッター(Twitter)投稿で認めた。

ロブションはその料理によって、多くの人々の記憶に残されている。だが、その“重層的な"ビジネス戦略もまた、彼が提供してきた料理と同様に、素晴らしいものだったと伝えている。

ロブションはその料理によって、多くの人々の記憶に残されている。だが、その“重層的な"ビジネス戦略もまた、彼が提供してきた料理と同様に、素晴らしいものだったと伝えている。

1989年に美食ガイド「ゴーエミヨー(Gault et Millau)」から「今世紀の料理人」に選ばれたロブションが手掛けるレストランは、「ミシュランガイド(le Guide Michelin)」では一時、史上最多の星32個を獲得し、死去時も24個の星を保持していた。

「ミシュラン」より「ゴーエミヨー」がいいという論争もフランスではある。

駆け出しのころから完璧主義を貫き、1970年代に提唱されたフランス料理の新しい傾向で、えり抜きのシェフが集まるヌーベルキュイジーヌ(nouvelle cuisine/新しい料理)界でたちまち名を上げると、30歳でパリのホテル「コンコルド・ラファイエット(Concorde Lafayette)」で約90人が働く厨房を率いるようになったこともあった。

ロブションが立ち上げた中には、カウンター席で気軽に、新鮮な食材で用意されたアラカルトのメニューを楽しむことができる店「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション(L'ATELIER de Joel Robuchon)」と名付けたよりカジュアルなレストランもある。

「ラトリエ」のコンセプトの基本にあるのは、長時間をかけて何皿もの料理を堪能するコースではなく、日本の「弁当」やスペインの「タパス」などのように小量ずつ提供する料理を試してもらいたいとの考え方だ。

日本では、これを松花堂と呼び、寛永の三筆の一人松花堂昭乗が考え出した花見弁当である。

レストラン業界に「ファインカジュアル」のトレンドが広まる何年も前にこのコンセプトを取り入れたロブションはよく、ラトリエのビジネス戦略は自身が手掛けた中で最も冒険的なものだったと述べていた。

ロブションのウェブサイトには現在も、欧州、アジア、北米の12都市にある十数軒のレストランの名前が掲載されている。ニューヨークの1店舗は、昨年開業したばかりだった。

一方でロブションは、香港やロンドンなど、世界の金融センターには店を構えているものの、多数の店舗を開業することはなかった。

ロブションの慎重なアプローチの理由には、料理の主役は食材だという信念と、最高品質の肉や野菜、シーフードへのこだわりなどがあった。「農場から食卓へ」という考えが世界的なトレンドになる以前は、こうした考えに基づき料理を提供するには多額の費用がかかり、(レストランは)地元で食材を調達できる場所になくてはならなかった。

ロブションは常に、自らの事業に厳しく目を光らせていた。そのため、ビジネスによって彼の魅力が減じられることはなかった。
自らの名声を広めたり、手掛けたスナックの広告をインスタグラムに掲載したりするために、複数のライセンス契約を結んだりはしなかった。

しかし、NHKには出演していた。