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2018-05-03

現在の日本国憲法。手書き原稿見つかる。

人物

毎日新聞、河北新報、西日本新聞は2018年05月03日の憲法記念日に、第二次世界大戦後、戦後2人目の首相としてGHQ(General Headquarters/連合国軍最高司令官総司令部)と折衝を重ねて現行憲法の制定を進めた幣原喜重郎(Kijuro Shidehara/しではら・きじゅうろう/1872 - 1951)元首相(1872〜1951年)の直筆原稿と伝わる1947年(昭和22年)05月03日に施行された現在の日本国憲法の原稿9枚が、宮城県加美町で見つかったと報告した。

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所蔵していたのは、元宮城県知事の本間俊太郎(78)と弟の本間昭雄(73)で、衆院議員だった父本間俊一(故人)の遺品を自宅で整理した際、蔵の中で見つけた。日本進歩党などで幣原と行動を共にした本間俊一が遺族から原稿を譲り受け、額装して居室に長く飾っていたという。

個人での長期保存が難しいとして、2人は近く原稿を公的機関に寄贈する考え、本間俊太郎は、「改憲論議が浮上する中、憲政史料は広く一般に公開した方が良い。憲法について考える契機にしてもらいたい」と話し、近く国会図書館憲政資料室に寄贈する。

原稿には、「年頭雑感」と題してあり、占領期に書かれたラジオ放送用の原稿だったとみられるが、裏付け史料は見つかっていない。加筆や修正も多く、文章を練った様子がうかがえる。

原稿はA5判に万年筆で書かれている。署名はなく、執筆時期も記されていないが、文中に「講和会議を目前に控え」とあり、1951年09月に行われたサンフランシスコ講和会議の前、1950年か1951年の年頭と考えられる。

当時、幣原は衆院議長だった。

幣原はGHQの指示の下、憲法改正に当たった。原稿では荒廃した国情を踏まえつつ、「日本の将来はまことに多難であるが、地平線上に一条の光明が輝いている」と論じる。

9条に戦争放棄と軍備全廃を明文化したことで、国力を平和産業の発達と科学文化の振興に振り向けられると指摘した。

文中には、「国民生活の水準はこれに依(よ)って向上せられ、人類一般の幸福をもこれに依って貢献し得られる」とあり、更に、他国による侵略の可能性に対して、外国からの攻撃への対処が「国民の一大関心事」とした上で、「軍備の充実や、他力本願によって国家の安全を求めてはならない。」「我国を他国の侵略より救う最(も)効果的なる城壁は、正義の力である」と持論を展開し、訴えている。

毎日新聞は、立教大学の現代史名誉教授粟屋憲太郎(Kentaro Awaya)は「幣原が9条への思いを伝えようとしたものとみていいだろう」と指摘すると報告した。

河北新報は、中央大総合政策学部の服部龍二(Ryuji Hattori)教授は、首相時のラジオ放送原稿は何点か確認したが、衆院議長時のものは見たことがない。美しい言葉を多用しているが、何を言わんとしているかは分かりにくい。本心を幾重にもオブラートに包んだような表現に、熟練の外交官らしさがにじむ。幣原は野党を巻き込んだ「超党派外交」を追求しており、はっきり本心を表明できなかったのだろう。「他力本願」は国連による平和を指しているとも読める。分かる人には分かるよう、工夫しているように感じると指摘すると報告した。

[幣原喜重郎]政治家、外交官。大正末から昭和初期にかけて4度外相を務め、対英米協調の「幣原外交」を展開した。戦後の1945年10月、73歳で首相に就任。昭和天皇の「人間宣言」を起草するなど天皇制護持に努め、憲法制定交渉に尽力した。

1949年、首相経験者で初めて衆院議長に就任。1951年03月、在任中に死去した。

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