2017-04-08

斎藤茂吉も愛した山形の「郁文堂書店」復活。

経済

毎日新聞は、歌人の斎藤茂吉ら文化人に愛された山形市の老舗書店「郁文堂書店」が2017年04月08日に10年ぶり、復活したと報告した。

昭和初期の創業時から県内外の文化人らが集まったが、不況の波に閉店を余儀なくされた。

亡くなった店主の妻に力を貸し、再出発を担ったのは地元の大学生2人。「地域のサロンをよみがえらせたい」と夢を語る。

古ぼけた2階建て建物の1階で、シャッターがガラリと上げられた。
2017年04月08日に「郁文堂書店」は、営業を再開した。

外壁の木板は新たに張り付けられたが、看板は往時のまま。変色していた内壁は手作業で磨き上げ、かつての輝きを取り戻した。

1933(昭和8)年に創業し、初代店主の方針で県内の郷土史家や歴史家の自社出版を手掛け、談話室を設けるなど地方文化を発信した。斎藤茂吉は太平洋戦争で疎開中に度々訪れ、小説家で、劇作家の井上ひさしや地元の直木賞作家も通った。

作家の司馬遼太郎は紀行集「街道をゆく」で店を取り上げた。故人2代目店主原田吉則の妻で81歳の伸子は「郷土料理の芋煮の話で盛り上がってね。たばこの箱の裏側に一生懸命メモする姿が印象的でした」と振り返る。

その後、通販など本を取り巻く環境は変わり、各地で「まちの本屋さん」が閉店。同店も例外ではなく2代目店主原田吉則が亡くなった2007年、七十余年の歴史に幕を下ろした。

戦前に建てられた店舗に注目したのが、山形市の東北芸術工科大学のデザイン工学部・ゼミ生として、改修先を探していた21歳の追沼翼と21歳の芳賀耕介であった。2016年夏に訪れた2人は当初、店舗のリノベーション(大規模改修)を構想したが、伸子さんに話を聞き、店の歴史を刻む店舗の改修を最小限にとどめることにした。

2人はインターネットで不特定多数の人から資金を募る「クラウドファンディング(Crowdfunding)」を活用し、集まった約100万円を充てた。好きな本が読めるスペースを設け、談話室も拡充した。

全国の書店数は10年前に比べて2割以上減少したといわれる中、追沼らは「本好きな人たちが集まる新たな交流拠点にしたい」と意気込む。

郁文堂書店の緯度、経度
山形県山形市七日町2丁目7−23
38°15'12.3"N 140°20'26.6"E