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2017年02月23日

国立大阪大学での汚職!大学院教授、起訴内容認める。

犯罪と裁判人物

毎日新聞は、国立の大阪大学と企業の共同研究を巡る汚職事件で、中堅ゼネコンの東京都にある「東亜建設工業」と「飛島建設」から計約780万円の賄賂を受け取ったなどとして収賄と背任の罪に問われた57歳の国立の大阪大学大学院教授倉本洋被告の初公判が2017年2月23日に、大阪地裁(矢野直邦裁判官)で始まった。
倉本被告は「間違いございません」と起訴内容を認めたと報告した。

倉本洋被告の出身大学と、大学院の教授になる経緯が知りたいと思った。

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倉本洋被告は、偏差値45〜49の大阪工業大学工学部建築学科を4年で卒業後、そのまま大阪工業大学大学院に進み工学研究科建築学専攻を2年で修了している。

大阪工業大学大学院修士課程を卒業後は、6年ほど一般企業で研究員として務めた後に3年かけて東京大学工学研究科の博士課程を所得している。

その後もアメリカのコーネル大学に留学したり、京都大学で非常勤講師として働いたり、様々な過程を踏んで、2008年4月にようやく、大阪大学大学院 工学研究科地球総合工学専攻 教授になている。

最近、大学院の教授の中には、他の大学から入学試験を受けないで編入して大学院に入り、後釜教授になる人が増え、後釜教授になるときに巨額の付届けをしていた人が増えていると聞いている。

さらに、教授になるためなら、自分の専門まで捨てた教授もいる。

これでは、何のための教授なのかまで疑わしくなる。

それは、博物館の館長にも言えることで、まるで現在問題になっている天下りと同じような現象になっている。

倉本被告は千葉市の建設部材会社「JFEテクノワイヤ」と名古屋市の建設会社「名工建設」から計約505万円の賄賂を受け取った収賄罪などでも起訴されており、次回以降に審理される。

検察側は4社からの賄賂総額は約1285万円と認定している。

初公判の起訴内容は2012〜16年、鉄筋コンクリートの柱や梁(はり)の耐震性能を調べる共同研究のデータを贈賄側に提供するなどの見返りに、贈賄罪で起訴されている東亜建設工業の44歳の主任研究員樋渡健と飛島建設の57歳になる担当部長久保田雅春の両被告から計約780万円の賄賂を収受している。さらに、大学から別の研究用に支出された約1000万円を、大学に無断で進めた共同研究に不正流用したとされる。

倉本被告は両社から賄賂と別に、計約1400万円に及ぶ研究資金の提供も受けたが、大学に隠していたとされる。
一連の資金提供は、倉本被告の個人口座と妻が代表を務める「CES構造研究所」(愛知県豊橋市)の口座が使われていた。

検察側の冒頭陳述によると、樋渡被告らは11年秋、共同研究に関する便宜の謝礼として、1社で年間60万円を倉本被告に支払うことを持ちかけた。

倉本被告は「研究用の寄付金として大学に入金されると、自分が自由に使える個人的な金が少なくなる」と話し、法人口座などへの入金を要求したと伝えている。

天下りと言い。全く罪悪感がないのは、日本の多湿というか?歪んだ正義感というか?

無くならないな〜と感じる。

こんな悪い会社でも経営が悪くなると、大手として政府からの支援策を要求する。
これでは、上から下までワルばかり!

自然と人との調和を目指して。東亜建設工業
こんな教授の授業でも受けて単位を取れば、めでたく卒業。
こんな教授でも有識者?

2017-02-09---日本に大学やNPOに、米軍からの研究費8.8億円!
2016-11-19---汚職は、本当に阪大だけ?

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