8-23

奴隷貿易とその廃止を記念する国際デー

戦争と平和

ハイチ革命が始まった08月23日を奴隷貿易とその廃止を記念する国際デー(International Day for the Remembrance of the Slave Trade and Its Abolition)となっている。

フランス植民地であった、現在のハイチであるサン=ドマング(Saint-Domingue)で、大西洋奴隷貿易廃止の重要なきっかけとなったハイチ革命(Révolution haïtienne)が、1791年08月23日に始った。

当時はイスパニョーラ島の西三分の一を占め、ほぼベルギーほどの大きさであった。

西半球で起こったアフリカ人奴隷の反乱の中で,最も成功した革命と言われている。
この革命で、自由黒人の共和国としてハイチが建国された。

ハイチという名称は先住民達が、島の中央を走る山脈の名称として使われていたものであった。

つまり、1789年のフランス革命により、ハイチの黒人奴隷は立ち上がり、1804年に独立宣言までにたどり着いた。

この革命によって、アフリカ人とアフリカ人を先祖に持つ人々がフランスの植民地統治から解放されただけでなく、奴隷状態からも解放された。奴隷が世界中で使われていた時代に多くの奴隷の反乱が起こったが、サン・ドマングの反乱だけが成功し、全土を恒久的に解放した。

1804年の黒人奴隷たちによる革命が成功したハイチを本国のフランスが承認をしたのは1825年のことで、巨大な黒人奴隷を抱えるアメリカ合衆国は、1813年当時の財務長官アルバート・ギャラティン(Abraham Alfonse Albert Gallatin/1761 - 1849)が、「サン=ドマングは独立国でも母国の一部でもない」と表明をした。

つまりハイチの存在そのものを認めようとはしなかった。アメリカがハイチを承認したのは、実に奴隷解放が出される南北戦争の最中の1862年06月05日であった。

初代元首は黒人奴隷出身のジャン=ジャック・デサリーヌ(Jean-Jacques Dessalines/1758 - 1806)で、彼は同年、皇帝ジャックI世(Jacques I)として戴冠を致したが、2年後に暗殺された。暗殺されたものの元黒人奴隷が皇帝位を占めたハイチでは、北部を同じく黒人奴隷出身のアンリ・クリストフ(Henry Christophe,/Anri Kristòf/1767 - 1820)が統治し、南部はムラートのアレクサンドルペンティオン(Alexandre Sabès Pétion/1770 - 1818)による統治が開始された。
クリストフがアンリ1世(Anri I)を称するようになるが、実権はペティオンが握っていたと言われている。

1791-08-23---ハイチ革命が始った。

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