6月18日

海外移住の日

観光

1908年04月28日に、神戸港を出港した本格的な海外移住の第一陣として、ブラジルへの第1回契約移民の781人を乗せた東洋汽船株式会社の6,167総トンであった笠戸丸(Kasato Maru)が、1908年06月18日に、ブラジルのサンパウロ州にある港湾サントス(Santos)港第14埠頭に接岸したことから、これを記念して、06月18日を海外移住の日と、JICA(Japan International Cooperation Agency/国際協力事業団)が1966年に制定した。

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出発の時には、壮行の花火が打ち上げられ、一路サントスへ向け出港した。

移民総監督として笠戸丸に同乗した上塚周平Shuhei Uetsuka)は、ブラジルで詠まれた最初の俳句であると言われている「涸滝を見上げて着きぬ移民船」が残っている。

上塚周平は、移民を引率した皇国殖民株式会社(のち合資会社)社長水野龍(Ryo Mizuno)とともに、「移民の父」と讃えられる。

笠戸丸の航海については、 水野龍が残した『笠戸丸航海日記』が貴重な記録として、神戸海洋気象台の「神戸コレクション(The Kobe Collection)」にあり、航跡の実証的なデータを提供している。

神戸港のGoogle Earthポインター情報
34°40'47.82"N,135°11'18.60"E
または、
34.679950, 135.188500

ブラジルのサンパウロ州にある港湾サントス(Santos)の緯度、経度
23°58'00.0"S 46°20'00.0"W
または、
-23.966667, -46.333333

1908-06-18---笠戸丸が、ブラジルのサントス港に到着した。
1908-04-28---初のブラジル移民783人が笠戸丸で出港した。

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