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5-16

旅の日

観光人物

日本旅のペンクラブ(旅ペン)が1988年に、せわしない現代生活の中で「旅の心」を大切にし、旅のあり方を考え直す日として、松尾芭蕉が奥の細道に旅立った05月16日(陰暦元禄2年3月27日)を「旅の日」に制定した。

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松尾芭蕉は、門人河合曾良と共に、深川採荼庵から「奥の細道」の旅へと出立した。

最初の日は、仙台藩の蔵屋敷があったことから仙台堀と呼ばれ、現在の仙台堀川から、船に乗り、隅田川をさかのぼって千住まで行った。

「奥の細道」の旅は、奥羽、北陸を経て美濃の大垣まで、全行程約600里(2400km)、日数約150日間にわたる壮大な旅であった。

それは西行、能因といった過去の文人たちの魂に触れる旅であり、ロマン溢れる歌枕の地を訪ねる旅であった。

旅立つにあたって、芭蕉の気持ちや考えをしめした『奥の細道』序章というべき部分は、よく知られている。

■月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
[月日は百代という長い時間を旅していく旅人のようなものであり、その過ぎ去って行く一年一年もまた旅人なのだ。]

(百代の過客 百代という長い時間を旅していく旅人。「過客」は旅人。李白「春夜桃李園に宴するの序」の冒頭「夫(それ)天地は万物の逆旅にして光陰は百代の過客なり」をふまえる。)

■舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。
[船頭のように舟の上に生涯を浮かべ、馬子のように馬の轡(くつわ)を引いて老いていく者は日々旅の中にいるのであり、旅を住まいとするのだ。]

(船頭 馬子とならんで、具体的に生涯を旅の中に送る者の例。)

■古人も多く旅に死せるあり。
[西行、能因など、昔も旅の途上で亡くなった人は多い。]

(古人 芭蕉が敬愛した旅人の先人たち。わが国の西行・藤原実方・能因・宗祇、中国の李白・杜甫ら。)

■予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。
[私もいくつの頃だったか、吹き流れていくちぎれ雲に誘われ漂泊の旅への思いを止めることができず、海ぎわの地をさすらい、去年の秋は川のほとりのあばら家に戻りその蜘蛛の古巣をはらい一旦落ち着いていたのだが、しだいに年も暮れ春になり、霞のかかった空をながめていると、ふと【白河の関】を越してみたくなり、わけもなく人をそわそわさせるという【そぞろ神】に憑かれたように心がさわぎ、【道祖神】の手招きにあって何も手につかない有様となり、]

(去年の秋 1688年(貞享5年)。9月30日、元禄となる。江上の破屋 墨田川のほとりのあばら屋。芭蕉庵のこと。白河の関 現在の福島にあった。陸奥への入り口となる関所。かつて能因法師や西行法師も訪れた。そぞろ神 わけもなく人をそわそわさせる神という意味か。芭蕉の造語か?道祖神 旅の安全を守る神。)

■もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
 草の戸も住替る代ぞひなの家
面八句を庵の柱に懸置。
[股引の破れを繕い、笠の緒をつけかえ、三里のつぼに灸をすえるそばから、松島の月がまず心にかかり、住み馴れた深川の庵は人に譲り、旅立ちまでは門人【杉風(さんぷう)】の別宅に移り、草の戸も 住み代わる世ぞ 雛の家
(意味)戸口が草で覆われたこのみすぼらしい深川の宿も、私にかわって新しい住人が住み、綺麗な雛人形が飾られるようなはなやかな家になるのだろう。
と発句を詠み、面八句を庵の柱に書き残すのだった。]

(三里 膝頭の下のくぼんだ所。松島 現在の宮城県にある風光明媚な地。歌枕の地。杉風 杉山杉風。杉山元雅。幕府に魚を卸す魚問屋。芭蕉の門人。芭蕉に庵を提供したり経済的な支援をした。パトロン的存在。面八句 俳諧(連句)は一人で完成させるものではなく、数人が連作で句を書き連ねる。百句続けるものを「百韻」、三十六句続けるものを「歌仙」といった。「百韻」の俳諧や連歌を紙に書くとき、二枚の懐紙を二つ折りにして重ね、8ページの冊子状のものを作る。その面表紙と裏表紙には8句を書き、ほかのページには14句を書くきまりだった。すなわち、8・14・14・14・14・14・14・8で、全100句となる。面表紙に書く8句のことを「面八句」といった。面表紙と裏表紙には書く句が少ないぶん、余った部分には、日付や参加者の名前を書く。歌仙の場合は一枚の懐紙を二つ折して、6、12、12、6句をしるす。庵の柱 柱に掛けおいたのは、芭蕉庵なのか、杉山杉風の提供した採荼庵なのか、論争になってきたが、「面八句」が残っていないので、わからない。)

1689-05-16---松尾芭蕉が「奥の細道」の旅へ旅立った。

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