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京都葵祭

京都三大祭のひとつで、正式には「賀茂祭」といい、京都市の賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)で、陰暦四月の中の酉の日に行なわれる例祭。

石清水八幡宮の南祭に対し北祭ともいう。
平安中期の貴族の間では、「祭」といえば賀茂祭のことをさし、平安時代以来、国家的な行事として行われてきた。
日本の祭の中でも、数少ない王朝風俗の伝統が残されている。

賀茂祭が葵祭と呼ばれるようになったのは、江戸時代の1694年に祭が再興され、当日の内裏宸殿の御簾をはじめ、牛車(御所車)、勅使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、すべて葵の葉で飾るようになって、この名称になったと言われている。

祭の起源は約1400年前の欽明天皇の567年で、国内は風雨がはげしく、五穀が実らなかったので、当時賀茂の大神の崇敬者であった伊吉の若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りであるというので、若日子は勅命をおおせつかって、4月の吉日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になった伝えられている。

また、819年には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例祭祀に準じ、国家的行事になった。

祭儀は、宮中の儀、路頭の儀、社頭の儀の3つからなり、勅使をはじめ検非違使、内蔵使、山城使、牛車、風流傘、斎王代など、平安貴族そのままの平安絵巻の姿で列をつくり、京都御所を出発して、総勢500名以上の行列が馬36頭、牛4頭、牛車2基、輿1台の風雅な王朝行列として、遠く東山や北山の峰々を眺望しながら下鴨神社へ、さらに上賀茂神社へ向かう約8kmの行列が行われる。

京都御所のGoogle Earthポインター情報
35° 1'26.78"N,135°45'43.79"E
または、
35.024106, 135.762164

下鴨神社のGoogle Earthポインター情報
35° 2'17.80"N,135°46'20.70"E
または、
35.038278, 135.772417

上賀茂神社のGoogle Earthポインター情報
35° 3'35.49"N,135°45'5.86"E
または、
35.059858, 135.751628