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2015年03月21日

健常者も障害者もおしゃれを楽しむ時代へ!

ファッション

AFPは、一般的な美の概念に立ち向かう日本人デザイナーがいる。東京ファッションウィーク(Tokyo Fashion Week)で発表したコレクションでは、視覚障害者のモデルや義足をつけたモデル、車いすに乗ったモデルらが、気軽に着こなせる服でランウェイに登場した。黄色のウィッグを着用したモデルもいたと報告した。

「テンボ(tenbo)」というブランド名でこの斬新なショーを発表したのは、デザイナーの鶴田能史(Takafumi Tsuruta)であった。健常者と障害者のモデルを合わせて採用し、独特なデザインの服を発表した。

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「私たちは『ピープルデザイン』をテーマに掲げているブランドです」とショーの後に鶴田は語った。
「私は世界中のすべての人が着られる服を目指しています。おしゃれで着やすい服を作るのは、ファッションの責任だと思います」

「DREAM(夢)」をテーマにした今季のコレクションでは、マグネットボタンを使ったディテールや、リバーシブルのセーターなどが発表され、典型的なハイファッションよりも広い層に向けてアピールされた。

生まれつき左足以外の手足がない24歳に佐野有美(Ami Sano)はショーの前、バックステージで、ファッションウィークでモデルをするとは「本当に夢にも思わなかった」と語った。

佐野有美は満員の観客で埋まったショーのフィナーレに、白いウェディングドレスを着て、車いすで登場した。
「シンプルな服は素敵です。色々な着こなしを楽しめますし、こういうタイプのデザインは多くの人が重宝すると思います」

佐野有美はAFPの取材に対し、日本では健常者と障害者の間に「いまだに壁」があるが、「テンボ」のショーがそうした偏見に立ち向かう一助になると思うと語った。「人々に希望を持ち続けてほしいです」と言っている。

ここでおおきな問題は、デザイナーが障害者の気持ちをどこまで理解できるかと言うことであり、身体障害者の気持ちも分からないで作ると、不便なものになる可能性が高い。

日本には、重度障害者で、世界で初めてファッションデザイナーになった長屋宏和がいる。
健常者も障害者もおしゃれを楽しむ時代は、長屋宏和が世界で最初に使い出した言葉である。

デザイナーの鶴田能史も365日車椅子を使うなどして、本物を作って欲しい。

形やデザインだけでできる仕事ではない。

猿まねなら、障害者にとって迷惑になることだろう。

以前、工業デザイナーが作った車椅子を使ったら、ただ不便であった。
使いものにならなかった。

ショーのオープニングを飾ったのは2012年ロンドン・パラリンピック競泳女子の金メダリストで、製薬会社で働く全盲の秋山里奈(Rina Akiyama)であった。秋山里奈は点字にインスパイアされたドット柄の裾広がりのドレスを着用した。
秋山里奈によると、こうしたファッションイベントが日本で開かれるのは「非常に珍しい」という。「家にこもっている障害者の人は相当数いると思います。今日のような機会が増えれば素晴らしいですよね」と言っている。

起用するモデルの選択の幅の狭さは、世界的なファッションウィークにおいてしばしば非難されるところだが、最近はわずかながらも着実に多様な方向へ進み始めている。
2015年02月には米国の国ニューヨークで、ダウン症の米女優ジェイミー・ブルーワー(Jamie Brewer)が「キャリー・ハマー(Carrie Hammer)」のコレクションにAラインのブラックドレスを着用して登場した。

ハマーは2014年にキャンペーン「Role Models Not Runway Models」(「お手本はランウェイモデルではない」の意)をスタートした。
それぞれの分野で活躍する人たちをモデルに選び、ニューヨークで初めて車いすに乗る女性をランウェイモデルに起用した。

イギリス人男性モデルのジャック・アイヤーズ(Jack Eyers)も2015年02月に、切断手術を受けた男性モデルとして初めてニューヨーク・ファッションウィークでランウェイに登場した。このショーのデザイナー、アントニオ・ウルジ(Antonio Urzi)はその後、ミラノでも作品を発表した。

鶴田能史のコレクションでは、義足をつけた2人の女性がモデルとして登場した。そのうちの1人は、村上清加(Sayaka Murakami)は、折り鶴柄のスタイリッシュな白いシャツを着用した。

短距離走と走り幅跳びでリオデジャネイロ・パラリンピック出場を目指す村上は、ファッション業界がスポーツ界のように「インクルージョン」(社会的包摂)を支持し、継続していくだろうと希望を抱いている。「将来的には、障害のある人もモデルになる夢をあきらめず、達成に向かって努力し続けられるようになるでしょう」と言っている。

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